柏崎刈羽原発の地下水問題

 12月3日、柏崎刈羽原発差止訴訟原告弁護団で地下水問題を学習しました。内容を簡単に報告します。


柏崎刈羽原発での地下水くみ上げ量は福島第1の4倍


 今なお、収束のめどが立たない福島第1原発。その収束・廃炉を妨げている要因の一つは膨大な汚染水を今なお生み出している地下水。稼働時のくみ上げ量は毎日800トン。

 しかし、柏崎刈羽原発では毎日2千数百トンから3千トンがくみ上げられている。新潟では積雪の影響で、冬場の地下水量が多い。(表1)。


サブドレイン排出量 表1: 柏崎刈羽原発の毎日の地下水くみ上げ量(平成26年度と27年度)

 この膨大な地下水の流入に対して、建屋周辺に流れ込む地下水を集め、排水する設備が設置されている。 原子炉建屋の下には集水管が網の目状に施され(図1・図2)、原子炉建屋やタービン建屋の四隅に掘られたドレインに導かれる。ドレインに流入した水が一定の高さになると、ポンプが働き、排水路を経て、海に流される仕組みである。図1の緑色は鮮新~更新統の西山層、黄土色は埋め戻し土である。
サブドレイン断面(7号機)図1:サブドレイン設備断面図
集水管設置状況   図2:サブドレイン配置平面図と断面図

 浮力で建屋を浮かす地下水ー事前調査は必須

 
 なぜ、こんな地下水対策が施されているのか、それは、この膨大な地下水による浮力が建屋を浮かすからです。従って、当然、建設前に地下水の量やその流れのシステムの解析が行われます。
 
 柏崎刈羽原発差止訴訟の原告弁護団では、昨12月3日、柏崎刈羽原発1号機の建設前に敷地の地下水の調査を担当された,元電力中央研究所の本島 勲さんをお招きして、勉強会を開きました。

 これまで、東電は原告側からの地下水に関する求釈明に対して、十分な回答を寄せていませんでしたが、それは地下水に関してほとんど注目せず、資料の管理もずさんであったことの裏返しでもあります。
 本島さんは1975年と76年の調査に基づいて、79年に調査報告を出されました。それに沿って必要な普段の地下水に対しては対策がとられているとのことです。
 その調査報告では敷地内で網目状に掘った井戸の地下水位データを元にした、等地下水位線も描かれていた由です。等地下水位線図(図3)があれば、表2の透水係数や地層の分布をもとに、地下水の流れも解読できます。
等地下水位線 
図3:柏崎刈羽原発の等地下水位線図(網目交点に掘られた井戸の地下水面の高度から描かれている)。この図と、地層各層の上限面図など地質との関連の解析が必要)
透水係数 表2: 敷地を構成する地層の透水係数

 この各層の水の通しやすさを示す透水係数は、試料を採取し、実験で求めます。この表では安田層
は一つの値になっていますが、東電自身の現在の知見で言えば、安田層は中期更新世から後期更新世にかけての堆積物で、その性状もかなり多様です。一つの代表値で表すのは間違っています。
ちなみに、柏崎刈羽原発の1~4号機側に設置された防潮堤が地震に伴う液状化を引き起こす可能性が否定できないことが大きな問題になっていますが、このことはとりもなおさず、これまで液状化しないとしてきた「安田層」のより詳細な解析でもってその可能性が出てきたものです。

中越沖地震直後急増したくみ上げ量


2007年の中越沖地震のあと、このくみ上げ量は表3に見るように、急増しています。
サブドレイン排出量 表3:中越沖地震前後の柏崎刈羽原発における地下水くみ上げ量

  その理由は現在のところ全く不明です。9月以降のデータがあるのかどうかも分かりません。


地震によるサブドレインシステムの損傷は未検討


 問題は、地震による影響が考えられていないことです。ドレインは一般建設物と同じ耐震性にすぎず、
大きな地震動が襲えば、福島第1と同様、ドレイン自体が地震動で損傷したり、液状化を引き起こし、その機能を失わせ、膨大な地下水が建屋を浮かそうとするでしょう。

 こうした地震時の対策がとられていないこと、そして、それらのドレインなど地下水対策が、規制基準には含まれず、審査対象外にされています。
 福島事故の教訓を踏まえるならば、当然、地下水に対する対策がどのように施されているか、審査するきです。
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六ヶ所村核燃サイクル施設の耐震安全性

 青森県六ヶ所村の日本原燃(株)による核廃棄物再処理工場などの耐震安全性に関して、依頼を受けて、原稿を書き送りました。この地域の活断層の認定に関して、東洋大学渡辺満久教授ほかの調査によって、日本原燃などの調査・解析の不十分さが指摘されていました(渡辺ほか、2008,2009)。福島原発事故前には地元の日本科学者会議松山力会員や「黙っちゃおられん津軽の会」の方たちとともに、それらの報告について地質学的な調査を現地で行ってきましたが、福島事故後はほかの地域の調査に出かけることが多く、この地域については、原子力規制委員会での審査さえ十分にをフォローできていませんでした。原稿執筆依頼を受け、原燃などの報告を見直してみて、原子力規制委員会の審査の杜撰さをあらためて感じています。その一端をここにご紹介します。

 出戸西方断層の露頭
出戸西方断層 
 六ヶ所村の核燃サイクル施設のすぐ北を東流する老部川の左岸(北側)に見られる出戸西方断層の露頭です。日本原燃と東京電力による、この露頭のスケッチを示します。
出戸西方断層スケッチ東京電力出戸西方断層スケッチ
 両者とも、2008年の資料です。似たようなスケッチに見えます。この露頭で確認される逆断層の最新の活動時期について、両者とも、十和田レッド(To-Rd)火山灰(およそ8万年前)までが変位に巻き込まれていることを示している点では共通しています。しかし、大きく違うのは、大きくずれた中期中新世の基盤(鷹架層)の上位に不整合で重なる段丘堆積物の年代です。
 日本原燃は、右下、段丘堆積物の上位に重なる風成のローム層中の阿蘇4(Aso-4:8.5~9万年前)をもとに、この地点の段丘を中位段丘のM3面としています。一方、東京電力は、原燃による露頭の更に西まではぎ取って、そこに洞爺(Toya)火山灰(およそ11.2~11.5万年前)を見いだし、その段丘を中位段丘のM1面としているのです。
 原子力規制委員会はこの出戸西方断層の評価に関わる、両電力事業者の解釈の違いを詰めること無く、日本原燃の評価を妥当としました。一方で、原子力安全保安院は東京電力の東通原発の審査においては,東電の解釈を妥当として、設置許可を出していたのです。
 なお、原燃のこの露頭に関する調査時期は、東電が調査した時期よりも後です。東電はこの場で二つの露頭を記述していますが、原燃調査に際にはそのうちの一つはすでに無くなっていました。

  断層が観察されるこの段丘の年代の違いは、六ヶ所悪念サイクル施設の敷地やその周辺の地殻変動の解析に関わって大きな問題なのです。

 六ヶ所撓曲を形成する敷地直下の六ヶ所断層
 両者の露頭スケッチにおける重要な共通点はもう一つあります。それは地表面の傾斜です。いずれも、西の標高28mから東の24.5mほどの高さまで、緩やかに傾斜した地形面が描かれています。その間に,段丘崖と呼ばれる急な崖地形はありません。
 渡辺ほか(2008,2009)は、この明瞭な段丘崖を示さない、高く位置する古い段丘面が、緩やかな勾配で傾き下がり、低い面に連なることを重視し、敷地ならびに周辺地域のこの地形を六ヶ所撓曲と呼んでいます。
 六ヶ所撓曲
 そして、渡辺ほか(2008,2009)はこの撓曲地形を形成するためには、撓曲地形の東端部から、西に傾き下がる逆断層が地下に埋もれていて、それが中位段丘堆積後、たびたび動いて、西側が隆起市、東に傾き下がる地形を形成したとしているのです。
 図の右下に示すように、電力事業者や原子力規制委員会の解釈はこの撓曲地形の否定によって成り立つのです。出戸西方断層の露頭の地形をはじめ、その北から、核燃サイクル施設の南まで、およそ15kmに渡って撓曲地形が認められます。

 日本原燃ならびに原子力規制委員会は、あらためて、出戸西方断層と六ヶ所断層について科学的評価を行うべきです。

新潟県の新しいリーダー米山知事とともに

新潟県の新しいリーダー米山知事とともに

  柏崎刈羽原子力発電所の再稼働を止め、原発ゼロへ

2016年10月16日、新潟県政史上、また新たな1頁が刻まれました。
県政史上初めて、野党系と呼ばれる知事が誕生しました。
共産党・自由党・社民党・新社会党・緑の党と市民連合から構成される「新潟県に新しい知事を誕生させる会」が擁立した米山隆一さんです。米山さんは「福島原発事故の検証なくして、柏崎刈羽原発の再稼働論議はしない」としてきた泉田知事の路線継承を謳い、現状では再稼働に反対する旨訴え、多くの県民の支持を得たのです。NHKの出口調査では、柏崎刈羽原発の再稼働に反対するひとは74%に上りました。
 自民党が圧倒的な県議席を占める中、米山知事がその公約を果たしていくのは容易ではありません。県民の願い・思いを実現するためにも、米山知事とともに力を尽くしましょう。

  この選挙期間中ではありましたが、10月11日、急遽、新潟県の原発の安全管理に関する技術委員会委員の一人として、「原子力行政と知事選」に関わる記者会見をさせていただきました。選挙中と言うこともあり、持って回った言い回しもありますが、ここにその内容を改めて載せておきます。一部のテレビや新聞等でも報道されました。

柏崎刈羽原発 
柏崎刈羽原子力発電所: 420万m2、東京ドーム90個分という広大な敷地に、総出力821万kw、世界でも最大規模を誇る7つの原子炉からなる原発である。2007年の中越沖地震で、世界で初めて地震で被災し、修理・補強を経て、5~7号機、及び1号機は順次再稼働してきたが、2011年3月の東北地方太平洋沖地震で福島第一原発が被災して、柏崎刈羽原発も全号機停止。現在、6・7号機について、規制委員会で規制基準への適合性が審査されている。

新潟県の原子力行政と知事選について
                
     新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会 委員
                  新潟大学名誉教授  立石 雅昭

 16日投票で戦われている新潟県知事選挙において、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働問題は最も重要な争点の一つです。
 この柏崎刈羽原子力発電所の再稼働に関して、知事選挙に立候補されている4人の候補者はいずれも反対、もしくは慎重な姿勢を公約に掲げておられます。しかし、その公約や報道されている演説内容を見聞きするなかで、今後の新潟県の原子力行政について、危惧の念が湧いてきました。私は、泉田知事が進めてこられた新潟県の原子力行政のもとで、県技術委員会委員の一人として、不十分ながらも、県民の命と暮らしを守る立場で努力してきたつもりです。その立場で、県知事選に立候補されている方々の原発政策を見るとき、強い疑念を抱かざるを得ません。今日は、主な候補者である米山隆一さんと森民夫さん、お二人の公約に照らして、県の原子力行政のありようについて、思うところを述べさせていただきます。

 まず、原子力発電所への対応の基本は、県民の安全の確保であることは論を待ちません。事故から5年半経ってもなお収束の見通しが着かず、多くの方が避難生活を余儀なくされている福島原発事故を経験した私たちは、何をおいても、住民・国民の安全が最優先されるべきであると考え、そのことを原子力行政上も基本とする、というのは誰もが求めるものです。しかし、このこと自体は、原子力規制委員会による「規制基準に適合している」との判断のもと、原発が再稼働されるに至っている立地県においても、謳われてきたことです。要は、どのようにして、県民の安全を担保するか、その具体的施策が問われているのです。森民夫候補の言う「県民の安全の確保が最優先」という、具体策の無いお題目だけの政策では安全を担保することにはなりません。

 1.東京電力には原子力発電所を扱う資格が欠落している。
柏崎刈羽原子力発電所の安全性を問うに当たって、事業者である東京電力の能力と資質が問われなければなりません。そもそも、県の技術委員会は、2002年に発覚した東京電力のデータねつ造、隠蔽に端を発し、「国の安全審査だけでは県民の安全は担保できない、県でも独自に検討が必要」との意向で、東京電力との協定締結を踏まえ、2003年、泉田知事の前任の平山知事の下で作られました。東京電力はその後、このデータねつ造や隠蔽を再び起こさないために、ということで、再発防止策を打ち出し、2009年にまとめました。
 しかし、ご承知のように、福島原発事故の際に、社長の指示のもと、炉心の溶融=メルトダウンという国民の安全にとって枢要な事象を国民に知せることを恣意的に覆い隠すとともに、炉心溶融の判断基準を記述したマニュアルの存在を5年間にわたって隠蔽してきました。2009年の隠蔽防止策は何らの効果も持たなかったことになります。東京電力の虚偽、隠蔽体質は改まっていないと言わざるをえません。このような事業者に、ひとたび事故を起こせば、県民の安全に破壊的な影響を与える原子力発電所を管理・運営する能力・資格はありません。
東京電力の体質が温存されたままでの柏崎刈羽原発再稼働は容認できません。
東京電力の隠蔽体質が改められ、周辺住民・国民の安全を最優先にする企業に大きく変わったことが確認されて初めて、原子力発電所の再稼働を容認するかどうかの県民議論の俎上にのせることができます。

2.県技術委員会による福島原発事故の検証は不可欠。
2007年の中越沖地震によって柏崎刈羽原発が大きく被災したあと、県技術委員会は、当時の安全保安院の審査とは別に、独自にその安全性を検証するために審査を重ねてきました。不十分ではあったにしても、安全性に関わって何が問題なのかを県民にわかりやすく提示する上でも大きな役割を果たしてきたと思います。
また、福島原発事故のあとは、知事の意向のもと、福島原発事故の検証を粘り強く勧めてきました。今般の東京電力による「炉心溶融=メルトダウン」隠蔽の実態を明らかにしたのは、新潟県の技術委員会における福島原発事故の検証です。県技術委員会による福島原発事故の検証はなお半ばであり、特に、県民・国民の被曝を最小限に低減するための広報や防災の在り方が引き続き検証されなければなりません。
 県技術委員会の経緯と歴史を踏まえ、福島原発事故の検証を引き続き進めるとともに、そこでとりまとめられる教訓を柏崎刈羽原発の管理と運営、そして、住民の防災・避難計画に生かさねばなりません。
「福島原発事故の検証なしに、柏崎刈羽原発の再稼働の議論を始めない」という泉田知事の路線継承を訴える米山隆一候補の提案は安全を担保する具体的提案と言えます。

3.「防災・避難計画の実効性の検証」は原発立地自治体の責務。
原子力規制委員会自身が認めるように、「規制基準」に適合しているからと言って、原発の安全性は万全とは言えません。原発事故は起こりえます。事故の際に県民の命と暮らしを守るために自治体として何をしなければならないか、このことを問うのが、防災・避難計画です。新潟県は立地自治体を中心に原子力防災計画・避難計画の策定を進めてきました。しかし、それらの計画を実効性という視点で見ると、多くの課題も残されています。すでに県が行った事故時の放射能拡散シミュレーションからしても、国の言う30km圏内に限った防災・避難計画では不十分なことは明らかです。
原発を抱える自治体として、米山隆一候補の掲げる「避難計画の実効性の検証」は県民の命と暮らしを守る上で、必須の課題です。

4.「人々の健康と生活への影響の検証」の進め方について
米山隆一候補は具体的施策の一つとして「原発事故の人々の健康と生活への影響の検証」を掲げておられます。県民の要望も踏まえた重要な提案だと思いますが、特に健康への影響については、専門家の間でも大きな意見の隔たりがあるのが現実です。その検証は実態に即して多面的に検証しなければなりません。県にはすでに「新潟県放射性物質の循環に関する実態調査検討委員会」が設置されていますが、この課題の検証には、専門家の意見も踏まえて、別途、専門家からなる委員会を設けて進めることが必要でしょう。

「国や東京電力に対しても言うべきことをしっかり主張します」という森民夫候補は政府与党や電力業界をはじめとする経済界の全面的支援を受けています。これでは県民の命と暮らしに関わる肝心のことが政府や電力事業者に言えないことは明らかです。

新潟県では、これまで県民の安全確保、環境保全、地域振興、情報公開等を課題として、原子力行政を進めてきました。原子力行政の基本は県民の命と暮らしを守る視点であり、そのために、県民の意見や思いを大切にすると言うことだと思います。6割から7割の県民が原発の再稼働に反対もしくはどちらかと言えば反対されている現在、そうした願いに寄り添いつつ、県政を進める知事であって欲しいと思います。

柏崎刈羽原発直下の活断層

柏崎刈羽原発敷地直下の活断層の活動性

  東京電力の柏崎刈羽原発の原子炉建屋やタービン建屋など重要構造物の直下には23本の活断層があります。東京電力はそれらの活動年代を30万~20万年前とし、規制基準に言う活断層の活動年代「12~13万年前」より古いので、活断層ではなく、今後活動しない、と強弁。原子力規制委員会もそれを妥当としました。
 規制基準に言う、12~13万年前以降に活動していないことが明らかであれば、今後活動しないという基準は科学的には根拠のないものである。日本における地震活動の評価を統括する地震調査研究推進本部では、2010年に、40万年前以降に活動した断層について,今後も活動する可能性のある断層としての目安にしています。原発の耐震安全性を考える際には、少なくともこの40万年を目安とするべきです。

 東京電力による断層の活動年代の決め手ー刈羽テフラ

 一方、東京電力が敷地内断層の活動年代を30万年から20万年としていますが、この上限の値は、敷地内に見られる刈羽(y-1)テフラ(火山灰)が、下北半島の東沖合、太平洋底でのボーリング掘削で見いだされた火山灰と化学組成が似ていることから、その火山灰の堆積年代をおよそ20万年前と推定しているのです。不思議なことに、対比されるこの火山灰は、唯一、この下北沖だけに産出し、東北地方から関東北部、どこにも見いだされていません。まあ、20万年前というと、高位段丘堆積時ですから、保存が悪く、かつ、未調査も多いので、見いだされていないだけ、という可能性もあります。また、その時代の堆積物は平野地下でもあまり掘削されていません。

 私たちはおよそ25年以上前になりますが、柏崎平野周辺の大地の歴史、形成過程を明らかにするために、調査を進めていました。その調査の中で、敷地の中の刈羽火山灰と同じと考えられる火山を、柏崎刈羽原発周辺の何カ所かでも見いだしていました。柏崎市藤橋でも、かって、新潟工科大学の建設に際しての道路工事で見いだし、藤橋40火山灰と命名し、化学分析を含めて記載しています(荒浜砂丘団体研究グループ、1996)。活断層を記載した刈羽村寺尾西でも見つけていました。東京電力は寺尾西の火山灰は敷地内の刈羽テフラと同一のものであることを認めています。

 この火山灰がなぜ、重要かというと、東京電力は規制基準への適合審査の申請書では刈羽テフラを下北沖のおよそ20万年前の火山灰に対比し、この火山灰を挟む地層を、中位段丘堆積物である,安田層から分離し、より古い時期に堆積した古安田層としているのですが、藤橋における藤橋40火山灰は、中位段丘堆積物安田層の下部に挟まれているからです。刈羽テフラは古安田層、しかし、それと同じ火山灰である藤橋40火山灰が安田層となれば、東京電力の層序の解釈は大きな矛盾を持つことになり、20万年前という根拠が否定されるからです。

 柏崎刈羽原発活断層研究会(荒浜団体研究会とほぼ同じメンバーですが、こちらは原発の安全性を地質学的視点から追求することを目的にしています)では、安田層の堆積した年代を定めるために、福島原発事故後、あらためて調査・検討を進めています。これまでに三度、原子力規制委員会に「厳正な科学的審査」を求めてきました。
 
 7月初めには、藤橋の工科大学前の林道脇の藪で、安田層中の火山灰を掘り出し、火山灰試料を採取しましたが、昨日は少し離れた向陽団地の東の大きな露頭(写真1)で、安田層の観察・記載を行いました。
向陽団地東露頭

 この露頭は、東京電力がすでにその佐藤池新田の露頭(写真2)として、報告しているところと同じものです。よく似ているとは思っていたのですが、東京電力が記載した当時より、左手やや奥を鍵型に掘り込んであり、少し見かけが違っていたのです。

東京電力佐藤池球場

写真1と2を比べると、やや青みがかった灰色の泥層の高さが違います。現在の露頭(写真1)の上部の赤みがかった地層の真ん中にある白っぽい地層のすぐ下までが、写真2では灰色に見えているのです。表面を覆う風化した粘土を取り除くと、新鮮な暗灰色の泥層が出てきます。そして、東京電力の解釈でも、この暗灰色の泥層が安田層下部、白い層(砂)から上が安田層上部に分けられています。

 私たちは,昨日の観察・調査で、この下部の泥層から、3枚の火山灰層準を見いだしました。その中に、藤橋40火山灰と同じ火山灰があれば、東京電力の安田層・古安田層層序の誤りは決定的です。

 刈羽テフラと向陽団地東の露頭の火山灰が同一のものかどうかの対比が決め手
 いくつかの地点に産出する火山灰層が同じものであるかどうかは、その層序、産状、砂粒組成、ガラスの屈折率や化学組成など、いくつかの点について検討しなければなりません
 火山灰の分析には今少し、時間が必要です。分析結果が出れば、またご報告します。

 ちなみに、安田層下部の上半部は海の影響が強い環境で堆積した地層で、地球が温暖で海面が高い時期に堆積しました。この写真の暗灰色の部分です。

原発を拒否した巻町住民の運動

原発を拒否した巻町住民の運動

 この3月10日、東京堂出版から刊行された「核の世紀」(編者小路田泰直・岡田知弘・住友陽文・田中希生)に、「地域と原発」と題して寄稿した。この寄稿文では、「原発建設を阻止した運動の教訓」という節で、新潟県巻町における日本で初めて住民投票でもって原発建設を阻止した運動に学ぼうとの趣旨で自分なりに当時の運動を整理した。この住民投票が行われて20年となる。
 新潟では,更にその後、東京電力が柏崎刈羽原発でプルサーマルを導入しようとしたとき、刈羽村で住民投票が行われ、このときも導入反対の意見が多数を占め、新潟県と柏崎市・刈羽村の首長三者は、柏崎刈羽原発へのプルサーマル導入に反対せざるを得なくなり、東京電力をして断念させたのである。

 柏崎刈羽原発の再稼働を巡って、原子力規制委員会で審査が続けられ、地盤や断層,基準地震動など、柏崎刈羽原発の審査の山とされてきた課題がおおむね妥当とされた現在、県民・住民の多数が「再稼働には反対」と考えている中で、再稼働を現実的に阻止していく運動において、私は巻原発の建設を拒否した当時の町民の運動,プルサーマル導入を拒否した刈羽村の運動にあらためて学ぶべきだと思っている。

  「核の世紀」への寄稿「地域と原発」の一文を,少し長くなるが次に引用する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
建設予定地の角海浜から13kmに位置する新潟大学では、1994年に巻原発建設反対新潟大学連絡会を結成し、現地巻町の町民会議や全県の連絡会と連携しつつ、署名やアピール活動、講演活動などに取り組んだ。筆者はその事務局を担っていたが、住民投票の結果について次のように報告した。

8月4日、新潟県巻町で東北電力巻原子力発電所の建設の賛否を問う住民投票が行われた。その結果、建設反対という巻町住民の意思が明確に示された。この結果は国・電力資本に対しエネルギー政策の転換を求めると同時に、日本政治の民主的改革を進める道筋の一つを示した。巻町住民投票の経過と結果を、日本国憲法の柱の一つである住民主権と地方自治という観点から報告する。

政治状況を打破する質的に高い運動:
国政において国民の総意と相反する政策が相次いで進められ、一方、地方自治体は国政に唯々諾々として従っているのが大勢である。このような政治状況の中で、住民投票の実現を勝ち取り、成功に導いた運動は住民自治に根ざした地方政治のあり方を指し示しただけでなく、エネルギー政策という国策の中心的課題をも揺るがすものであった。現在の政治状況において住民運動・労働運動を軸に政治に民主主義を求める闘いはさまざまな分野で発展している。しかし、巻町の運動は、町政の主人公であるすべての住民が、自らの命と生活、将来の町のあり方について自らの意思を表明し、政策を決定するという、これまでの運動とは質的に異なる、より高次の民主主義確立の運動であった。

運動の中での住民の自治意識の高まり:
巻町は従来、政治的には保守的風土の強い地域で、首長や議員選挙において『西蒲原選挙』と呼称される酒食供応・買収が横行していた。そうした風土にもかかわらず、ここ数年間の住民の自治意識の高まりは予想をはるかに越えたものであった。巻町の反原発・原発の危険に反対するグループの原発の建設に反対する地道な運動(*今回の運動の発展の中で、『住民投票』で原発建設を止める6団体連絡会)として共闘)が粘り強く進められていた。こうした運動が基調になってはいるが、今回の運動は、町の将来を全住民による投票で決めるという、原発建設に賛成の人をも含めたより広範な住民団体(住民投票を実行する会)との共同が作られたことが、勝利への展望を切り開いた大きな要素である。そして、両者の運動はそれぞれ、独自に創意・工夫を凝らしながらも、ともに住民への厚い信頼に支えられて進められた。科学技術庁や電力会社の金に糸目をつけない総力を上げた宣伝や供応の動きに対しても、的確な反論・批判を行いながら、なお、住民への厚い信頼を基調とした運動が展開されたのである。

-------------------
 当時の感想めいた一文は今でも基本的には正しいと思う。
 巻での運動、刈羽村での運動、に参画させていただいてきた者として、今改めて、こうした運動から学び、柏崎刈羽原発の再稼働を止めるためには何が,どういう運動が必要か。いろいろな方のご意見もいただきたい。

 「原発を拒否したまちー巻原発住民投票20年」毎日新聞連載

  時あたかも、この3月22日から毎日新聞で表題の連載が始まった。
  連載記事はまだ続くと思われるが、とりあえず、今日までの4回分の記事を参考までに掲げておく。

毎日新聞巻年表 初日に掲げられた年表である。

毎日新聞巻特集1

毎日新聞巻特集2

毎日新聞巻特集3

毎日新聞巻特集4



プロフィール

立石雅昭

Author:立石雅昭
立石雅昭のブログへようこそ!
 福島原発の事故直後に新潟大学を退職。地質学を専門としています。それまでも原発の地盤問題に携わってきましたが、福島原発の事故はあらためてその恐ろしさを認識させてくれました。原発ゼロの運動を広げるために、新潟を中心に活動していますが、twitterやfacebookで書ききれない情報や思いを伝えられればとの思いからブログを始めました。よろしくお願いします。

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