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柏崎刈羽原発、東電による追加調査(1)

東電、柏崎刈羽原発周辺の断層に関する追加調査ー進行状況(1)-


  4月20日付ブログで紹介した、柏崎刈羽原発の追加調査について、私たち研究グループがもっとも大きな問題として1月14日、規制委員会に調査解析を申し入れた刈羽村寺尾の断層露頭について、現状を簡単に報告しておきます。ここでは断層が地殻変動に伴う活断層ではなく、地すべりだとする東電の見解が問題になっていました。

 地元刈羽村の武本さんが、朝早く現地におもむき、貴重な写真で進行状況を報告頂いています。この月曜日、断層の調査を続けているグループで集まり、若干の検討を加えました。まだ、データが十分だとは言えないので、引き続き、検討することになっています。

 1993年当時の論文で、砂採取場で寺尾断層とした断層は、今では直接観察はできません。現状復帰ということで、段差を無くし、松などを植えつけていたからです。改めて、調査することとなって、大規模な伐採とはぎ取りがまず行われました。そのはぎ取り面のスケッチをした上で、どこにトレンチを掘るか、を決めます。3月から始まった調査ですが、ようやく、トレンチを掘る場所が確定したようで、トレンチを掘るための取り付け道路工事が終わったようです。まもなく、トレンチ掘削が始まるでしょう。年内に観察・記載が終わるかどうか、解析結果が報告されるのはどう見ても、来年春でしょう。

 安田層を切る活断層

 はぎ取りで現れた活断層です。これはかっての寺尾断層そのものとは異なります。
犬走り断層3

 左手のやや硬そうな岩石(砂岩層)は椎谷層と呼ばれるおよそ500万年前に海底で堆積した地層です。ここではその上を、右手に見られる、数cm大の角張った泥岩や砂岩礫からなる安田層が不整合で覆っています。安田層はおよそ40万年前から10万年前に浅い海から川で堆積した地層です。
 二つの地層の間に、明らかに直線的に伸びる断層があります。この写真では、断層を斜め上から見ていることになります。
犬走り断層2

  その断層の性状をさらに詳しく観察するために、掘り下げて、断面を観察したところです。
  断層を介して、右側のブロックが落ち込んでいることが分かります。

犬走断層1

  溝を掘って、反対側の断面を見たところです。
  
  角張った礫をたくさん含んだ地層は安田層ですから、この断層は明らかに安田層堆積後に活動した活断層だということになります。しかし、東電はこれは12万年前以降活動していないので、活断層ではないと主張するでしょう。この露頭の上部には安田層の泥岩中に、団子状に火山灰層が点々と含まれています。さらにその上には番神砂層と呼ばれるおよそ10万年前から5万年前の地層が重なっています。断層の連続性を追って、これらの地層との関係を検討する必要があります。仮に、これらの地層を切っていても、東電は、この断層は地すべり性だと主張するでしょうね。同じような性状を持っていた寺尾断層を地すべりだと主張してきたのですから。
 大飯原発敷地内断層で地すべり説を論じた、岡田篤正氏や千木良雅弘氏らに言わせれば、これも地すべりだと言うのでしょうね。聞いてみたいものです。

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新潟市長候補齊籐 裕氏の立候補表明

  弁護士 齊籐 裕 さんが新潟市長選へ立候補

齊籐裕2

 10月26日告示、11月9日投票で行われる新潟市長選に無所属で立候補することを表明する記者会見。呼びかけ人の一人として記者会見に同席させて頂きました。
 まだ、40才という若さですが、新潟市民オンブズマン代表、BRT(連接バス)住民訴訟代理人、福島原発事故による福島からの避難者の賠償訴訟代理人など、数々の実績をお持ちの合同法律事務所所属の弁護士さんです。
 
 2004年の中越地震で、新潟県の十日町市街地を走るほくほく線沿いで陥没に伴う家屋損傷が集中しました。この被害に困窮した住民が鉄建公団などを訴えた訴訟で、私は、訴訟代理人として活躍された齊籐さんにこわれて原告側の証人として出廷しましたが、その時、知己を得ていたこともあり、このたびの立候補決断を聞いて、推薦に名を連ねることにしたのです。
 
 篠田現市長が強引に導入を決めた新潟市の新バスシステム(BRT)は、連接バスを海外から購入ありきから出発、現在の市内交通バスシステムをこわして、郊外から市街地に入るには乗り換えを強いるものです。これに反対する16000筆の署名を無視して進められました。今回の齊籐候補担ぎ出しにはこのBRT導入に反対する女性陣が奮闘。それに応える形で齊籐さんが立候補を決意されたものです。

 選挙も間近になっていることから、政策(マニュフェスト)や選挙母体作りもこれからですが、とりあえず、以下、今日発表された市民の会(仮称)のマニフェストです。

 1. BRT・連接バス購入計画を中止し、区バス・住民バスなど地域生活交通の充実を進めます。
 2. 市民の命と暮らしを最優先する市政の実現をめざし、時代遅れの大型公共事業にメスを入れるなど、税金の使い方をあらため、医療・介護・社会福祉の充実に力を尽くします。
 3. 地元の中小企業、農家の振興を軸とする産業政策、雇用の拡大に本腰を入れます。
 4.柏崎刈羽原発の再稼働に反対し、廃炉を求めるとともに、自然エネルギーへの転換に力を尽くします。
 5.秘密保護法廃止、集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回を求め、憲法を暮らしに生かす行政を進めます。


 それにしても、彼の記者会見での表明を聞いて、自分の言葉で政策と思いを語ることのできるすごい候補だと思いました。彼の決意に応えるべく、私としても可能な限り、力を尽くしたいと思います。オンブズマンとして、私などよりはるかに市政を見つめてきたのでしょう。篠田市政の独善性と、情報公開の流れへの逆行を鋭く指摘されました。

 とりあえずは、この13日に新潟西区で開かれる日本共産党後援会の会合に顔を出して頂けるとのことですが、止めん、以下の決起集会が予定されています。

       【市民の会】結成・総決起集会 
       9月24日(水)午後6時30分、
       新潟県民会館小ホール


   是非、足を運んでください。
  また、政策などに関してご意見あれば、お寄せください。

被災地石巻と女川原発見学旅行

 宮城県被災地石巻と女川原発の見学ツアー

 9月7日、宮城県松島町での「原発再稼働の暴走を許さない全国交流集会 in 宮城」に先だって、6日午後、東北地方太平洋沖地震・津波の被災地である石巻と女川町の見学ツアーに参加した。
 案内頂いたのは菊池英行高教組元委員長と髙野博女川町議。石巻湾に沿って石巻港から万石浦へ、そこから牡鹿半島女川原発へのコース。時間が十分取れず、駆け足の見学で若干物足りなかったですね。おそらく、案内される側もこれでは伝えきれないとの思いを抱きながらってところでしょう。やはり少なくとも丸1日は必要でしょうね。

  いくつかご紹介します。

石巻市立門脇小学校
門脇小学校
  
 まず、石巻市立門脇小学校。解体するか、保存するか、まだ決まっていないとのことですが、シートで覆われています。 被災直後の写真はいろいろ出されています。興味のある方はwebで検索してみてください。
 写真の左手に背後の日和山への階段があります。児童224人と教職員21人は日頃の避難訓練通り、無事避難。下校していた7名の児童が亡くなったとのことです。この小学校は避難者がグランドに止めていた車から出火、次々と燃え広がって、校舎も火焰に包まれたそうです。標高56mの日和山、完全に島になって数日間閉じ込められました。がれきはすべて撤去され、校舎前のグランドは私立女子商や女子高の仮グランドとして使用しているようです。そのために目隠しシートをしているのですね。

門脇小交差点前

  門脇小学校前の交差点です。遠方に橋が見えますが、これは旧北上川に架かる橋です。この道の左右は住宅街だったそうですが、ほぼすべてが流失。広大な原野になっています。

  さて、問題はこの写真。
日本製紙

  同じく、門脇小学校の前の空き地と道路です。左手奥に見える煙突群は日本製紙石巻工場です。そこから伸びてくる道路と宅地のために造成する高さが示されています。最初、意味が分かりませんでしたが、この高さまで盛り土するってことですね。この地域は6.7mまで浸水。道路計画の高さでさえ、それには足らない。写真の左が海側で、広大な原野になっているところ。こちらは放置して、道路の北側(右側)だけ宅地にすると言うことなのか。写真右奥には集落があるがここはどうするのだろうか、全体像を見なければ分からないが、ちょっとこの造成は無謀な気もする。

  日本製紙石巻工場、年間100万との紙を製造する基幹工場。震災当日は1300人が働いておられたが、全員無事。非番の方、約130人が亡くなられたとのこと。しばらく操業停止を余儀なくされていたが、現地での工場再開を決断、2011年の9月から順次稼働してきたとのこと。石巻復興にとってもこうした大手企業のがんばりは、下請け、関連企業への影響も含めて、大きな力になる。

 東北電力女川原子力発電所
女川原発

 牡鹿半島の太平洋側に立地する女川原子力発電所3基。震災時、まさに危機一髪。3月11日の本震だけでなく、4月7日の余震でも設計値を越える地震動を観測したのです。特に鉛直地震動が、基準地震動にもとづく設計値の1.5倍に達する地震動を観測した階もあるのです。5系統の外部電源も、本震・余震とも、5系統のうちの、1系統だけが生きていた。その上、あと1m、津波の水位が高ければ、ここもまたすべての電源が喪失していたのですから。
 ところで、この原発が過酷事故に至らなかった要因として、住民運動団体が長年にわたって津波対策を申し入れ、東北電力がそれを受け入れて、港湾内を10.5m浚渫していたことは重大です。住民の運動が女川原発のシビアアクシデントを未然に防いだともいえます。

 福島原発の事故の要因もまだ解明されていないうえ、現在の科学では予測しきれない火山や地震災害、テロに対する対策が取り切れない原発を再稼働させるなど、許されるものではありません。原子力規制委員会は明日にも鹿児島県の川内原発が規制基準に適合しているとの判断を示すとされていますが、再稼働を許さないためにさらに運動を強めたいものです。
プロフィール

立石雅昭

Author:立石雅昭
立石雅昭のブログへようこそ!
 福島原発の事故直後に新潟大学を退職。地質学を専門としています。それまでも原発の地盤問題に携わってきましたが、福島原発の事故はあらためてその恐ろしさを認識させてくれました。原発ゼロの運動を広げるために、新潟を中心に活動していますが、twitterやfacebookで書ききれない情報や思いを伝えられればとの思いからブログを始めました。よろしくお願いします。

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